My 余生 diary:介護の日々を思い出しながら・・・

施設にお世話になって12年目に亡くなった母の介護の日々を写真とともに懐かしみながら「余生日記」を綴ります

八十の更年期:高齢者鬱・・・?

ぶぅみぃ

よく言われることですが、単なる加齢による物忘れやぼんやり、なのか、「高齢者鬱」や「認知症」などの“病気”なのか、判断するのは素人には無理なこと。医療者でも、専門外であれば難しいと言われているのですから。


 母の場合も、かかりつけ医(内科開業医)に相談すると、
「でも、うちに来て話しているとしっかりしてますよ。そりゃ年相応のところは見られるけど、お年からすれば普通じゃないかなぁ・・・」


 もっともそのうちに、
薬を冷蔵庫にため込んでいた、とか、血液検査をしたら「貧血」の数値が出て「低栄養」の恐れがあるとか、いろいろ出てきたので、医師も経過観察して報告してくれるようになりました。


 母の場合、所属していた日本画のサークルの指導者(息子ほどの年齢なのに)が突然亡くなったり、ご近所の同年齢の方がやはり亡くなったり・・・そんなことも不安感が増す要因だったのでしょう。もともと用心深い性質の母が輪をかけて!という感じになり、お隣の奥さんが夕方に回覧板を持ってきてくれても、4時を過ぎればいくら「○○です」と声をかけても絶対玄関を開けなかったとか。


 後でご近所の方から聞いたのですが、
「顔も洗ってないみたいでほんとに髪もボサボサで着替えもしないで一日中家の中をうろうろしていたり、庭に出てきてたりして・・・みんなで結構心配してたんだけど、何日かでいつもの様子に戻っていたからだいじょぶそう!ってみんなホッとして連絡しなかったのよ」


 お出かけ大好き♡な母は、わたしが運転する車であちこちの「道の駅」などに行ったものです。日本画を描いていたので、描きたいところの写真を撮りに行ったり。ほとんど日帰りで東北中あちこち周ったものです。いつも助手席で外を眺めておしゃべりして・・・それがこのころはどんよりした表情が多くなり、外の様子にもあまり興味を持たず、うつらうつら居眠りしているようなことが多くなっていました。好奇心旺盛でいつもキョロキョロと面白そうなものを探しては見に行きたがった母だったはずなのに。


 後になって、母の口から「あのころは“八十の更年期”だったのよねぇ、ほんとに辛かったわ。なんにもする気になれなくて・・・でもね、もう大丈夫❣ なんとか更年期を潜り抜けたから、ほらこんなに元気でしょ⁉ だからね、もう大丈夫よ、またひとりで頑張れるから」
 たしかに母は本気でそう思っていたのだと思います。でもそれは、自分を励まして、わたしに心配をかけまいとして、気楽な独り暮らしを続けるためにも、自分に喝❣を入れたのではないかと思います。気づかずに結構無理をしていた。。。


 「高齢者鬱」だったのかも、と後になってから思いました。このとき、専門医に診てもらうとかなんらかの手を打っていれば・・・と悔やんだものです。


 ほんとに、後になって・・・が多いったらありません。そのころはわたしもなんの知識もなかったし、調べようとかそんな余裕もありませんでした。




2008/08/03
西瓜だい好き♡母
おやつ用にカットして持って行ったものです。