My 余生 diary:介護の日々を思い出しながら・・・

施設にお世話になって12年目に亡くなった母の介護の日々を写真とともに懐かしみながら「余生日記」を綴ります

八十の更年期:変?の始まり

ぶぅみぃ

 母は、80歳を過ぎたころから「なんか変⁉」が目立つようになりました。


 いちばんはっきり感じたのが、同じことを何回も何十回も何百回も❣ ただ、そのときは、それはある決まったこと、でした。


 「Sさんたらね、お隣のCさんのお父さんのお葬式にわたしが行かなかったもんであんた、どうして来なかったのよ❣』って怒ったのよ。だってわたしはCさんのお父さんはお隣にいっしょに住んでたわけじゃないから会ったこともないし、でもお隣でお葬式をするっていうから、その日の朝のうちにCさんにお香典を持って挨拶に行って、『娘が来ててどうしても出かけなくちゃならないんで申し訳ないけれどお葬式は失礼します』って。そうしたらCさんもわかってくれたのに、なんでSさんにそんなに怒られなくちゃならないのよねぇ。ほんとにSさんたら・・・」


 たしかに、わたしが隔週末金曜日から月曜日まで母の世話をしに行くと、お出かけ大好き♡の母のためにあっちこっち出かけるので、わたしにも少し責任があったかも。



 でも、自分の行動に相手方のCさんが快諾してくれたのに他人から非難される、というのは母にとって大きなショックだったのでしょう。母は、どちらかというと自分の意見を通すよりも周りのみんなの意見をまとめるような穏便なひとで、いろんなサークルに所属していたけれど、どこのサークルでもそんな性格を認められ重宝がられていました。



 母は、わたしにはもちろん、お隣の当事者Cさん以外のご近所の方などにまで会うたびにこのことをこぼしていたので、みなさんも母から同じことをいつまでも何十回、何百回と聞かされて、さすがに「単なる老化?」と心配してくれました。たぶん一年くらいは続いたように思います。



 このあたりからいろんな「変⁉」がどんどん出現します。





2008/08/24

もともと明るくてにぎやかなことが大好きな母
施設に入所して同じような年代のお仲間がたくさんいて、すっかり安心したのでしょう。
こんな笑顔がしょっちゅう見られるようになりました。



追記 2021/03/22
21日にアップしたときのタイトル「一度は断念」を変更しました。
内容がそこまで至らず、タイトルと内容が合っていない! ごめんなさい。
順を追って記述していかなくては・・・反省。


なお、母は、自分でも「なんか今までとは違う・・・⁉」と気づいていたようで、後に「あのころは『八十の更年期だったのよねぇ・・・』と言っていました。言い得ている❣と思ったものです。